かめかめ・かめラ
伊勢原古地図めぐり(1)
(神奈川県伊勢原市〜秦野市)
(2014/10/19)

【3 神戸村】

(記 2015/2/10)


 
 (13)の鈴川橋へ戻り、先に進みましょう。


 鈴川橋を渡ると道は左に急カーブしています。


 その先には民家やアパートが所狭しと建っています。

 
 今度は右にカーブして続いています。このあたりに住んでいる人はこの道が130年以上昔から地図に描かれている幹線道路ということは知らないことでしょう。

 
 まだまだ道は続きます。


 三叉路が見えてきました。古地図の(15)の先の点線の道との交差点だと思われます。


 そして三叉路の右側には、菊勇の銘柄で地元で有名な吉川醸造があります。菊勇にはいつもお世話になっています。K氏と奥様、ご無沙汰しております。

 
 さらに(15)から(16)へ歩みを進めましょう。


 吉川醸造の隣では、写真のような曲げわっぱに似たものが干されていました。何に使うのでしょうか。


 古地図の黒矢印に来ました。ここを左折します。ちなみにここを右折すると三ノ宮比々多神社に向かいますので、その参道を逆向きに歩いていることになります。


 まぶしい太陽の方向へ進んでいきます。


 右側にはご覧のような門構えの立派な家もあります。さすが旧道沿いですね。


 その近くの右側に駿河屋があります。地図の(16)のあたりです。お店には入ったことはありませんが、静岡県出身の人が創業したお店なのでしょうか。


 さらに南へ続きます。

 
 (16)から(17)へと向かいます。


 さらに南へ歩みを進めると小さな交差点があります。


 その角には祠に覆われた道祖神がありました。


 その先の右側には地魚料理田中屋という看板があります。さすがに三ノ宮比々多神社の参道だけありますね。130年前も賑やかな参道だったことでしょう。


 左側には神戸(ごうど)公民館がありました。ハッピを着た地元の人が集まっていました。やはりお祭りの相談でしょうか。


 同じく左側にはあさひ薬局が見えてきました。


 そしてその隣には坂間医院があります。地図では(17)です。S先生、いつもお世話になっています。

 
 (17)から(18)へ歩みを進めましょう。


 道の左側には黒塀が続いています。


 右側には御菓子司 新店(しんみせ)があります。大正5年創業の老舗です。これも三ノ宮比々多神社の参道にお店を構えたのでしょう。最近、ここでクルリンどらやきを買いました。


 もう少しで国道246号線に合流します。


 右側の角には伊勢原警察署比々多交番(新地図の×印)があります。


 合流地点は地図の(18)で、比々多交差点です。

 さて、(8)から(18)までかなり遠回りしている理由ですが、おそらく次の理由だと思われます。


 これは明治時代前期の低湿地の地図(国土地理院ホームページから参照)です。黄色い部分が低湿地の地域です。この低湿地帯を避けるように旧道が迂回していたのです。自然の地形に逆らわずに生活していたわけですね。

 
 さて国道246号線と合流した(18)から西へ((19)へ)進みましょう。


 国道246号線です。平日の朝夕は混雑しており渋滞も発生します。


 右を見ると大山の勇姿が見えます。


 左側にはオロチョンラーメン利しりがあります。ここは辛いラーメンで有名ですが、基本のラーメンのスープはやや甘めなんですよ。

 
 利しりと隣の炭火やきとり・釜飯のほていやの間に、写真のようなものがありました。字も読み取れずになんだかわかりませんでした。

 
 小さな橋を渡ります。

 
 次の信号は山王橋交差点です。ということはさっきの橋は山王橋なのでしょう。地図の(19)です。

 
 まだまだまっすぐ(19)から(20)へ向かいます。


 左側に伊勢原総合ホールがあります。ここも度々訪れることがあります。通夜か告別式がほとんどですが。


 右側には中華そば幸楽苑伊勢原店があります。


 その並びには焼肉きんぐ伊勢原店があります。郊外型の飲食店が多いエリアです。

 
 その先の西河内(にしこうち)交差点に到達しました。地図の(20)の場所です。旧地図の場所はもう少し(19)よりかも知れません。

 
 さて(20)から(21)へ向かいましょう。


 右側の店舗は以前はリンガーハットだったのですが、どうやら閉店したようです。その奥には華屋与兵衛が見えています。

 
 その先に信号が見えてきました。串橋交差点です。


 (21)から先は左の脇道が旧道です。
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