かめかめ・かめラ
大山街道(赤坂御門ー伊勢原)
(東京都ー神奈川県)
(2019/12/22)

【15 鶴間〜望地】
(2019/12/22)(記 2020/5/31)

160鶴間駅

 2019年12月22日、大山街道歩きの第六弾である。



 明治地図での鶴間駅は赤枠の場所であろう。


 伊勢原駅を7時38分発の電車に乗り、相模大野で8時4分発の各停片瀬江ノ島行きに乗り換える。


 2面2線の鶴間駅が見えてきた。


 鶴間駅到着。


 西口に降りる。


 目の前の松屋で朝食。


 プレミアム牛丼ミニ330に生玉子70を追加した。エネルギーを補充してこれから歩くぞ!

伊勢原0738ー0759相模大野
相模大野0804ー0812鶴間
161道標


 旧国道246号線を西に向かう。


 明治地図では街道沿いに民家は少ない。


 松屋を出てから国道246号線を右へ。


 すぐに鶴間駅交差点の信号になる。


 右側には船のオブジェが。居酒屋(とれたて酒場 山海船)の看板だった。


 しばらく行くと西鶴間交差点。


 その先の右側に比較的新しい道標があった。

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矢倉沢往還
 この石は、全国の「大和」という市町村で構成している「まほろば連邦」の加盟国である茨城県大和村より産出されている御影石(花崗岩)を使用しています。
 この道路は矢倉沢往還と呼ばれた古道であり、江戸時代には東海道の脇往還として重要な交通路となっていました。東京都港区青山を起点とし南足柄市関本、矢倉沢、足柄峠へと至る街道です。また、大山街道とも呼ばれ、江戸時代中期以降は大山信仰や富士信仰の行者が利用する道として栄えました。
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 前回の鶴間駅到着する手前にも大山街道説明板があり、「まほろば連邦」加盟の自治体の石を使っていた。すごいな! まほろば連邦!


 次は西鶴間小学校入口交差点である。
162泉の森入口


 (50)泉の森看板


 街道の南側の等高線から考えて泉の森看板は(50)あたりだと推測する。


 右側には森永の工場がある。


 街道の左手の(50)の場所には「泉の森本通り商店街」という看板がある。


 散策路にもなっている。


 右側にはサンホーム鶴間という特養(特別養護老人ホーム)がある。


 左には成和クリニック。


 そして西鶴間八丁目交差点となる。
163大和斎場入口


 大和斎場、(52)西鶴寺


 赤矢印が(52)あたりだと思われる。


 ここが大和斎場入口交差点。


 交差点を右に入るとすぐ右に大和斎場の看板がある。告別式でもあったのが多くの車が大和斎場に入っていく。


  その手前に石碑がある。

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 矢倉沢往還(やぐらさわおうかん)。江戸青山(港区)から瀬田(渋谷区)・長津田(横浜市)・伊勢原(伊勢原市)を通過し、矢倉沢(南足柄市)に至る江戸時代の古道。大山街道・青山街道とも呼ばれていました。江戸時代には県内の東西を結ぶ、政治・経済上重要な街道でした。
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 その隣には西鶴寺がある。修理中であった。
164国道246号越え


 西鶴寺の前をまっすぐ進み国道246号線を迂回して越える。


 国道246号線との交差はおそらくこのあたり。


 細い道を進んでいく。


 国道246号線とぶつかる。直進したいのだが迂回しなければならに。


 国道246号線を右に行き相模向陽館高校交差点(以前はひばりが丘高校前交差点)へ。ここで国道246号線を渡る。


 しばらく左へ歩くと大山街道の延長線上に出る。
165さがみ野駅


 (53)から歩みを進める。


 明治地図ではさがみ野駅は赤枠のあたりであろう。


 赤矢印の場所。左側の道を進む。


 まっすぐ歩くとさがみ野二丁目交差点へ。ここで大山街道石碑を探すが見当たらず。


 そのまま進むとさがみ野駅入口交差点へ。


 さがみ野駅にちょっと寄り道。


 ここが踏み切り。平成地図では赤丸の場所。


 そして左側からの道と合流する。平成地図で青矢印の場所。


 このあたりは「さがみ野商店会」である。
166大塚本町


 さらに西へ向かい大塚本町を目指す。


 明治地図では赤矢印の場所である。「字 大塚」という地名も下に見える。ここからしばらくは街道沿いに民家が続いていた様子がわかる。


 大塚本町交差点である。道はそれほど広くないが交通量は多い。


 平成地図のスーパーと書かれた場所。マンションのようだが、1階は閉鎖されている。


 昔は東急ストアだった。今はない。


 さらに道を進む。


 右手に湘陽かしわ台病院が見え、その横には大山が顔を出す。




 さらに進むとパブコという会社の前に来た。
167富士塚庚申塔


 (8)動物病院、(10)富士塚庚申塔


 明治地図の富士塚庚申塔の場所は赤丸のあたりと思われる。


 ガイドブックには土屋獣医病院となっていたが、かしわだい動物病院になっていた。この脇の細い道を進む。


 家の間を通り過ぎ、


 畑のそばを通り、


 こんな細い道になった。本当にあるのかな?と疑心暗鬼になっていると、


 ありました! よかった!


 こちらには「西 あつぎ・大山 東 江戸」と書いてある。
168不動明王


 (11)不動明王


 赤矢印が不動明王の場所だろう。


 赤坂のバス停を過ぎる。




 これが不動明王。ひび割れしていてなんと書かれているかわからない。




 矢部酒米店の柱に大山街道ステッカーがあった。
169道標・渡辺崋山案内板


 (12)渡辺崋山案内板


 おそらく赤矢印の場所であろう。


 このわかれ道の左手前に道標や案内板などがある。


 ガイドブックには向かいのマンション内の公園に道標があるとなっているが、ここに道標がある。「向二 右 小園・早川・綾瀬村小園」と書いてある。


 こちらは「向二 右 国分・厚木 左 大塚・原町田」となっている。


 道標の横に渡辺崋山案内板がある。

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崋山ゆかりの道
 ここから右手に向かう道は、古東海道との言い伝えがあります。
 天保2年(1831)渡辺崋山は、絵の弟子高木梧庵を伴って江戸から大山街道を下り、この古道から小園村に入り少年期に世話になった「あこがれのお銀さま」を訪ねたのでした。
 崋山は本名を登といい、政治家として画家として、また幕末の先覚者として有名な人です。
  昭和63年3月 綾瀬市教育委員会
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 「ここから右手に向かう道」とは、3枚前の写真の左手に向かう道のことである。


 向かいのマンション内の公園にはこんな石碑があった。


 さらに歩みを進める。
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