かめかめ・かめラ
北海道妄想の旅1978
(北海道)
(1978/10/1-20)

【16 幌内線・万字線・歌志内線】
(1978/10/16)(記 2018/1/26)

北海道妄想の旅1978:60岩見沢〜幾春別〜岩見沢

【HPから】(小もろそば外観)
 岩見沢駅前の立ち食いそば屋の小もろそばで朝食である。このお店は昭和41年(1966年)創業なので、今年で12年目となる。カレーやラーメンや焼きそばも提供している。朝7時から営業しているのでとてもうれしい。

【HPから】(ゲソ丼@小もろそば)
 ここの名物はゲソ丼だ。旭川駅前の天勇と同じだ。「ゲソ」といいながら、ゲソ一つと身が二つ乗っている。しっとりとした食感が好ましい。ごちそうさまでした。

【1】
 1978年10月16日の旅(1)

【1】

【4】
 今日の旅は、まずは幌内線。これは歴史のある路線だ。明治15年(1882年)に、北海道ではじめて石炭運搬用の鉄道として誕生したのが、札幌ー幌内間。日本で三番目の鉄道である手宮線(手宮(小樽)ー札幌)が明治11年に開通したわずか4年後のことだ。産炭地北海道の歴史の始まりである。しかしその歴史は囚人による過酷な坑内労働が主体で、大きな犠牲を強いたものだった。

(岩見沢駅)
 岩見沢を出た幌内線の列車は函館本線と並行して東へ走る。

【10】(岩見沢〜栄町仮乗降場)

【10】(栄町仮乗降場)
 約1km行ってから函館本線は左に大きくカーブし、まっすぐ走る幌内線は利根別川橋梁にさしかかる。

【10】(萱野駅)
 岩見沢の新しいベッドタウンを過ぎると、左にカラマツの防雪林がつづき、まもなく萱野(かやの)。

【10】(三笠駅)
 右に迫る崖、左の幾春別川の間を縫って左右にいくつもカーブしながら三笠へ。線路はここで幾春別行きと幌内行きに分かれるが、幌内は6年前に貨物専用駅となり今は旅客列車は走っていない。  明治15年に設置された空知集治監(刑務所)跡は三笠駅から西へ2km。長期囚人たちはここから炭鉱で長時間かつ重労働を行い死亡した人も多かったという。今では、特産のメロン、スイカ、タマネギ畑に移り変わっている。

【10】(弥生駅)
 さらに山を避け幾春別川の流れに沿って曲がりくねりながら、唐松(とうまつ)、弥生(やよい)を過ぎると、まもなく終点の幾春別である。

【10】(幾春別駅)

【7】(幾春別駅)

【7】(幾春別駅:冬)

【7】(幾春別駅)

岩見沢0743-0811幾春別 幌内線 633D 【幌内線完乗】

【1】
 幾春別に着いたが、折り返しの列車で岩見沢へ戻る。滞在時間はわずか6分である。

幾春別0817-0844岩見沢 幌内線 634D
北海道妄想の旅1978:61岩見沢〜万字炭山〜岩見沢

【1】

【1】

【4】
 幌内線の次は万字線だ。北海道炭礦汽船株式会社(北炭)が万字坑を開発した。万字線は岩見沢とこの炭鉱を結ぶ線路として建設された。以後石炭産業の繁栄とともに活気をみせていたが、最盛期は十を越えていた炭鉱も、今は姿を消してしまった。活気のなくなった万字線に7分の待ち時間で乗り換える。

 列車は幌内線とは逆に函館本線と並行して西に走る。上幌向(かみほろむい)駅の手前で左に約90度カーブし室蘭本線に入る。万字線の起点は次の志文駅だ。岩見沢市のベッドタウンとしての開発が進んでいる。幌向(ほろむい)川の橋梁を二度渡ると、左側の小高い山に万景閣スキー場のリフトが見える。

【11】(上志文駅)
 タマネギ畑と水田を抜けると上志文。駅の左手前に萩の山市民スキー場が迫っている。線路右手にひろがる水田の中に色とりどりの大きな屋根が点在するのは閉山跡地にできた栗沢町地域振興整備公団による工業団地である。

【11】(朝日駅)
 再び幌向川を二度渡るとまもなく朝日。4年前に朝日炭鉱が廃鉱になるまでは盛んに石炭の積み出しが行なわれていた。駅に入る手前の集落の左側には誰も住んでいない炭鉱住宅街があり、その右側には朝日炭鉱病院があった。

【11】(美流渡(みると)駅)
 朝日を出て左の山沿いの谷を登り、道路と並行して幌向川を渡る。カーブを繰り返しながら進むと美流渡(みると)の大きな集落にぶつかる。

【46】(幌向川:美流渡〜万字)
 幌向川を渡り東に向かう。川の曲折はますます激しくなる。

【11】(万字駅)
 もうこれ以上奥はない、というような谷奥で右に折れ、万字に着く。

【7】(万字炭山駅)
 終点の万字炭山はさらにその奥である。ズリ山(ぼた山)と炭鉱住宅街の跡地が目立つ。

岩見沢0851-0936万字炭山 万字線 931D 【万字線完乗】

 万字炭山駅での滞在時間はわずか10分。これに乗らないと次は約5時間後だ。

万字炭山0946-1028岩見沢 万字線 932D
北海道妄想の旅1978:62岩見沢〜滝川〜砂川

【1】
 1978年10月16日の旅(3)

【1】

【4】

 岩見沢駅の周辺をぶらぶらして時間をつぶし、11時38分発の急行大雪3号にて滝川へ向かう。岩見沢から東へ向かうと、今朝乗ってきたばかりの幌内線が右に分かれる。幾春別川を渡り、右から近づいてきた国道12号線を並走して峰延へ。広々とした田園地帯を走って光珠内(こうしゅない)。国道12号線が左に乗り越し、北海幹線用水路を二度渡ると美唄(びばい)。ここも石炭の産地で5年前まで南美唄まで函館本線の支線が走っていた。また三菱鉱業の鉄道も6年前まで常盤台まで走っていた。美唄からは北北東に一直線で進む。

(奈井江駅)
 茶志内(ちゃしない)、奈井江を過ぎて、豊沼。豊沼から住宅街が広がり砂川に着く。ここから歌志内線と函館本線上砂川支線が出ている。空知川を渡ると滝川へ着く。

岩見沢1138-1215滝川 急行大雪3 函館本線 603D

(高田屋食堂外観)
 滝川駅から歩いて徒歩3分の高田屋食堂で昼食である。昭和28年(1953年)の創業なので今年で四半世紀を迎えた。ここの名物はチャップ丼。チャップ丼とは豚丼で、ポークチャップ(豚のロース肉)が使われるのでこの名がついた。ちなみにチャップ丼はこの高田屋食堂が元祖である。まずはチャップ丼を注文。

(チャップ丼@高田屋食堂)
 豚丼と比べると肉の厚さが薄く、その分タレの味が染み込んでいる。北海道産無菌豚肉を使用し、継ぎ足しで作られる甘辛い秘伝の熟成醤油ダレが使われる。甘みが強いが、ご飯と豚肉にとてもよく合う。

(味噌ラーメン@高田屋食堂)
 隣のテーブルの人が食べていた味噌ラーメンが美味しそうだったので追加で注文。いわゆる札幌味噌ラーメンよりあっさりしている。太縮れ麺がスープに負けていない。ふ〜、満腹になったわい。

【1】
 時間がないのであわてて滝川駅へ戻る。隣の砂川駅まで各駅停車で移動する。

滝川1310-1317砂川 函館本線 866M
北海道妄想の旅1978:63砂川〜歌志内〜砂川

【1】
 1978年10月16日の旅(4)

【1】

 砂川でしばし小休止した後、歌志内線に向かう。ここもまた石炭産業の浮沈と深くかかわっている。北海道炭礦鉄道として歌志内の石炭を運び出すために建設された歌志内線は、それまでの終点の砂川からの延長線とみることができる。大小17もの炭鉱を抱えた歌志内市の人口は昭和23年(1948年)に46,000人に達したが、閉山が相次いだ現在ではわずか11,000人ほどとなった。

【4】
 函館本線を左に見ながら、起点の砂川をでて、ペンケウタシナイ川を渡ると線路をまたぐ鋼鉄製の農業用灌漑溝をくぐり抜ける。左に続く小高い山と、右に流れるペンケウタシナイ川に挟まれて列車は走る。

【44】(焼山〜文殊:冬)
 焼山の駅近くに道立の身体障害者養護学校が見える。その次は文殊。左に歌志内高校、右に歌志内自動車学校があり、炭鉱住宅街跡は分譲地と工場誘致用地になっている。

【10】(西歌駅:冬)
 西歌を過ぎると、住友歌志内坑、北炭神威坑の廃坑、炭鉱住宅街跡が左右に続いている。

【10】(神威(かもい)駅:冬)
 神威(かもい)から先が歌志内の古い町並み。一本の道路の両側に住宅、商店などがびっちりと立ち並んでいる。まるで"石炭の古都"といった趣である。右手に歌志内球場、雇用促進住宅アパート。その後方には神威岳の神威岳スキー場が望める。

【10】(歌神(かしん)駅:冬)
 歌神(かしん)の駅前には市体育館、さらに市役所、市民会館が続く。

【10】(歌志内駅:冬)

【7】(歌志内駅:冬)

【10】(歌志内駅:冬)

【10】(歌志内駅:冬)

【10】(歌志内駅:冬)

【10】(歌志内駅:冬)

【7】(歌志内駅)

【10】(歌志内駅:冬)
 終点の歌志内はまわりを山にすっぽりと包まれた盆地。狭い土地に建物がひしめき、すぐ左側の山には空知炭鉱の竪坑が見える。

砂川1355-1422歌志内 歌志内線 629D 【歌志内線完乗】

【1】
 歌志内での滞在時間は6分。急いで折り返しの列車に乗り、砂川へ戻る。

歌志内1428-1453砂川 歌志内線 630D
北海道妄想の旅1978:64砂川〜上砂川〜砂川〜名寄

【1】
 1978年10月16日の旅(6)

【1】

【4】
 砂川駅周辺をぶらぶらして時間を潰し、15時56分発の列車で上砂川を目指す。このローカル支線の正式名は「函館本線上砂川支線」で本線扱いである。

【10】(砂川駅)

【10】(砂川駅)
 砂川駅の東側から南へ向かい、函館本線のホームを右に見て大きく左へカーブする。市街地から離れると、少し右にまわって南東に向かう。パンケウタシナイ川(下歌志内川)が右側を流れている。

【10】(下鶉駅)

【10】(鶉駅)

【10】(鶉駅)

【10】(鶉駅)  橋を渡ると下鶉(しもうずら)、次いで川を渡るとすぐに鶉(うずら)に着く。ここは福井県鶉(うずら)村出身の人々が入植しており、故郷の村の名前をつけた。この先は20パーミルという急勾配で山へ入る。

【10】(東鶉駅)
 東鶉は鶉集落の東のはずれである。山の奥に入ると鶉よりまとまった市街地が現れる。それが上砂川の市街地である。

【7】(上砂川駅:冬)

【7】(上砂川駅)

【10】(上砂川駅)

【10】(上砂川駅)

【7】(上砂川駅)
 ゆっくり右にまわり、市街地の東のはずれまで通り過ぎたところに上砂川駅がある。線路はさらに炭鉱まで南の方へ延びているが、以前のような活気はない。

砂川1556-1612上砂川 函館本線 931D

【1】
 上砂川での待ち時間は22分。駅周囲を散策するには十分な時間だ。

上砂川1634-1646砂川 函館本線 932D

【1】

【1】

 砂川からは急行宗谷で名寄に向かう。もう外は暗くなってきた。旭川を過ぎて、剣淵で旭川行きの普通列車と列車交換。といってもこちらは急行なので停車はしない。次の士別には旭川行きの急行なよろ4号がこちらの急行宗谷の到着を待っていた。名寄には定刻に到着した。

砂川1739-1942名寄 急行宗谷 函館本線/宗谷本線305D

(名寄駅)

(三星食堂外観)

(三星食堂外観)
 駅前の三星食堂で夕食を食べよう。このお店の創業はなんと大正3年(1914年)! 今年で64年目の老舗である。閉店間近の入店をお詫びし、鶏の照焼マヨネーズ炒め定食を注文した。

【12】(鶏の照焼マヨネーズ炒め定食@三星食堂)
 鶏のモモ肉を柔らかく照焼にしてマヨネーズがかけてある。シンプルだが深い味わいだ。安心できる老舗の定食に満足、満足。今宵はニュー富士屋ホテルに泊まることにする。
【1 夜行で青森へ】  【2 道南8の字めぐり】  【3 松前線・江差線】  【4 岩内線・瀬棚線】  【5 胆振線】  【6 相生線・釧網本線】  【7 標津線】  【8 千歳線・日高本線・広尾線】  【9 白糠線・池北線】  【10 石北本線・富良野線】  【11 士幌線・根室本線・札沼線】  【12 興浜北線・興浜南線・渚滑線】  【13 湧網線】  【14 富内線】  【15 夕張線・室蘭本線】  【16 幌内線・万字線・歌志内線】  【17 深名線・留萌本線】  【18 羽幌線・天北線】  【19 美幸線・名寄本線・宗谷本線】  【20 函館本線】